2018年5月6日日曜日

熱電ウォッチ インプレッションその2

「世界初の熱電スマートウォッチ」MATRIX社のPOWERWATCHについて、その1では一般ユーザー目線での感想を書きましたが、その2として、研究者・技術者目線での感想を書きたいと思います。

MATRIX社のTECHNOLOGYのページを見てもわかるように、このPOWERWATCHは、従来からある典型的な熱電モジュールを使っているように見えます。熱電材料の種類について具体的な発表は見つけられませんでしたが、CEOがシリコン系の熱電材料を研究していた人であること、それから、TECHNOLOGYのページにシリコンナノテクノロジーを使っている旨記述されていますので、おそらく、ナノ構造(フォノン散乱を増やして熱伝導率を下げる効果がある)を作り込んだシリコン系熱電材料ではないかと推測されます。
従って、同社のウェブページにあるモジュールの絵こそ何の変哲もないセラミックプレートで挟まれたπ型モジュールですが、「従来の」熱電材料よりもかなり熱伝導率を抑えているのではないかと予想していました。

しかし!
実際につかってみたところ、その期待は裏切られました。

 POWERWATCHは、WATCHモードで竜頭を回すと、左の写真のように裏面プレートと表ケースの温度を表示します。
左の写真は室温25℃前後の屋内での定常状態ですが、Skin Temp 31℃、Case Temp 31℃となっています。
おかしいなと思って、いろいろな場所でいろいろな状態を試しましたが、春の日中の気温では、どこにいても表示される温度差はせいぜい1℃です。
こちらが標準のWATCHモードです。12時のところから2時のあたりまで白いバーが伸びていますが、これがリアルタイムの発電量を表しているそうです。外周の数字がパーセントを表しているのでしょう。100%が何を意味するのかは不明です。
上の写真と同じ状態で表示だけ切り替えたので、温度差1℃以下のとき15%の発電量ということになります。


試しに、裏面プレートを42℃のお湯につけ、表面ケース側を手であおいで冷やしてみたところ、それでようやく出力70%くらいでした。100%とは体温に対してケースを氷水で冷やすくらいのレベルなのでしょうか。

さて、2週間ほど使ってみましたが、日常生活時には発電量5〜25%の間でした。温度差はせいぜい2℃です。さらに気になるのは、その1でも書いたように、 POWERWATCHを装着している腕に常時冷たさを感じるのです。皮膚が敏感な人なら不快に感じるかもしれません。
これは、皮膚が寒さを感じるほど局所的に熱を奪い、側面のフィンも含めたケースの熱設計を頑張ることでモジュールに熱流を与えているにも関わらず、モジュールの熱コンダクタンスが大きいために1℃程度しか温度差がつかないということを意味しています。時計のサイズと比較してモジュールはふたまわりくらい小さいと推測されるので、熱電材料の熱伝導率はかなり高いのではないでしょうか。最新技術を導入しているとは言えシリコン系材料(推測ですが)を使っているからかもしれません。

なお、このバージョンのPOWERWATCHには、もう一つ弱点があります。それは、内側プレートより外側ケースのほうが高温になると発電しないことです。実際に、屋外で直射日光に当たると、ケースが黒いため(これはBLACK OPSを選んだ私が悪い?)に外側ケースの温度が上がり、すぐに発電量がゼロになります。
これについては、今後発売されるPOWERWATCH Xで改良され、ケースのほうが高温の場合も発電するようになるそうです。温帯から熱帯地方で、屋外で使う時間が長い場合は、そのほうが良いでしょうね。
MATRIX社では電源回路も独自に最適化設計しているそうですが、逆極性で発電できないということは昇圧回路がかなり厳しいのでしょうか?
おそらく、モジュールサイズが小さく、直列数が少ないので、温度差が付かないことも相まって出力電圧が低いのだと推測します。チャージポンプ回路でかなり頑張って昇圧している(推測)ので、極性を切り替えるためのダイオードやトランジスタスイッチが使いにくいのかもしれません。
"X"のほうは通知機能を使うためにBluetooth LEを常時動作させるはずですから、おそらくモジュールのサイズがかなり大きくなるのでしょう。実際、ケースのサイズは一回り大きくなります。そうすれば、出力電圧もより上げられますから、逆極性発電のための回路も組みやすくなるのではないかと推測されます。

まだまだ気づいたことはありますが、ここらへんでPOWERWATCHを使って実感した、このようなウェアラブル用途に熱電変換技術を使う場合の要求事項をまとめておきます。
  1. モジュールの熱伝導率は樹脂と同程度以下であるべき
  2. ベルトの面積がもったいない。ここも熱電変換に使うべき。
  3. 常用状態でモジュールの出力電圧が1V程度あったほうが良い。
つまり、0.1 W/mKオーダーかそれ以下の熱伝導率で、フレキシブルで、かつ、なるべくゼーベック係数が大きい熱電材料/モジュールが必要!

まさに、5年くらい前から私が主張して、研究の目標としていることですね。
例えば、我々が研究しているカーボンナノチューブ/タンパク質複合熱電材料は、熱伝導率0.1 W/mK以下の状態も得られており、これなら1を満たします。それを紡糸して布に縫い込んだ「熱電布」は、フレキシブルで、まるでトレーナーやリストバンドのように身につけられます。これは2を満たします。
3の電圧は、低熱伝導率のために得られる十分な温度差(例えば、我々の熱電布は、屋内で片側を指で触れると5℃程度の温度差が生じます)と力業の直列数でも満たすことができると思いますが、それとは別に、我々が研究している巨大ゼーベック効果が使えるようになると、体温から1 V以上の電圧が余裕で出せます。

我々が目指しているところは間違っていない!
これが実体験として確信につながったので、4万円強の値段はリーズナブルでした。

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